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| WACHTER Anita (AUT) |
1967年2月12日 Schruns(AUT)生まれ
身長 164cm 体重 50kg |
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SKI: Kastle→ Blizzard →Völkl
BOOTS: Lange
BINDING: Salomon →Atomic
2001年引退
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| Saalbach WM 91 SL |
Lillehammer OWG 94 GS |
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| 1995 Are GS 1st |
1999 Sierra Nevada SG 1st |
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| Park City 00 SL |
St.Anton WM 01 GS |
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Anita, 1999 |
World Cup Ranking
General
1985/89th, 1986/17th, 1987/14th,
1988/3rd,
1989/5th, 1990/2nd, 1991/6th,
1992/12th, 1993/1st, 1994/4th, 1995/8th, 1996/3rd, 1997/7th,
1998/-.
1999/8th, 2000/16th, 2001/49th.
Special
1989 SG/3rd, 1990 GS/1st, 1991 GS/2nd, 1993 GS/2nd, 1994 GS/1st,
1996 GS/3rd, 1997 GS/3rd, 1999 GS/2nd, 2000
GS/3rd, 2001 GS/29th, SL/26th.
World Championships
1987 Crans Montana K/5th.
1989 Vail K/5th
1991 Saalbach SG/3rd
1993 Morioka GS/2nd, SG/6th,
K/3
1996 Sierra Nevada GS/4th, K/2
1997 Sestriere GS/4th.
1999 Vail GS/3rd, SL/9th.
2001 St.Anton GS/DNF.
Olympic Games
1988 Calgary GS/7th, SG/5th, K/1st
1992 Albertvill GS/2nd, K/2nd
1994 Lillehammer GS/4th
World Cup - 19 w. (SL/1, GS/13, SG/3, K/2)
| 1. |
SL: |
Courmayeur 87 |
| GS: |
Vail 90, Zwiesel 91, Steanboat Springs 93,
Soelden 94,
Sta Caterina 94-Ⅰ, Cortina
94,95,96, Are
95, Semmering 99,
Maribor 99, Are 99, Sierra
Nevada 99, Lienz
2000, |
| SG: |
Las Lenas 90, Haus 95, |
| K : |
Cortina 93, St.Anton 96. |
| 2. |
SL: |
Aspen 88, Hinterstoder 96, Haus 93, Sta.Caterina
94, |
| GS: |
Watervill 86, Saalbach 88, Les Menuires 89,
Hinterstoder 90,
Maribor 90, 93, 97, Sta.Caterina
90, 94 II
, Veysonnaz 90,
Narvik 92, Cortina 93,
Tignes 94, Morzine
94, Alta Badia 94,
Park City 97, Zwiesel 97
I , II , Are 99
I , Serre Chevalier 2000,
Are 2000, |
| SG: |
Vail 86, 87, Tignes 89, steamboat 89, Veysonnaz
93, |
| K : |
Leukerbad 87, Haus 90 |
| 3. |
SL: |
Park City 90, Stranda 90, Lake Louise 91,
semmering 97 I , |
| GS: |
Kranjska Gora 88, Valzordana 89, Park City
90, Vail 91, Are 93,
Veysonnaz 96, Val d'Isere
99, Cortina 99,
Tignes 2000, Maribor 2000, |
| SG: |
Vail 87, 93, 93, Rossland 88, Schladming
89, Altenmarkt 91,
Morzine 93, |
| K : |
Sta.Caterina 86, Steamboat 90, Laax 97, |
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アニタ・バハターはオーストリアのフォア・アールベルグ州、シュルンス・モンタフォンで1967年2月12日に生まれた。1984年に17歳でワールドカップにデビュー、初勝利は87年、クールマイユール(ITA)でのスラローム。ワールドカップ16年間で19勝をあげた。1988年のカルガリー(CAN)オリンピックではコンビで金メダルを獲得したほか、オリンピックと世界選手権で獲得したメダル数は7。
彼女のもっとも充実したシーズンは1993年のシーズンだった。1990年から3年間、ワールドカップのタイトルを独り占めにしてきたペトラ・クロンベルガー(AUT)がシーズン途中で突然引退し、ワールドカップの総合争いはアニタ・バハターとカチャ・ザイチンガー(GER)との争いに移った。二人の争いは最終戦の最終種目、オーレ(SWE)のスラロームで決着が付いた。バハターはこれより3年前の'90年にも場所も同じ最終戦のオーレで新鋭のクロンベルガーに破れ総合優勝を失っている。'93シーズンもあと2戦を残してザイチンガーに抜かれたものの、最後に逆転して初のクリスタルトロフィーを手にした。またこの年の盛岡/雫石の世界選手権では大回転で銀メダルを獲得している。図らずも同じ日に行なわれた男子の大回転では、幼なじみで恋人のライナー・ザルツゲバーも銀メダルを獲得した。「幸せなカップル」としてオーストリアでは大きく報道された。
総合タイトルを獲得した翌年の1994年はアニタにとって最も辛いシーズンになった。リルハンメル(NOR)オリンピック直前の1月29日、ガルミッシュ(GER)での滑降レースで同僚のウルリケ・マイヤーが悲惨な事故死を遂げてしまったのである。同年生まれの二人は大の親友同士だった。マイヤーの故郷・ラウリスで行なわれた葬儀では、アニタはマイヤーが獲得した二つの金メダルを捧げ葬列の先頭をふらふらと歩いていった。この年はアニタが大回転の総合タイトルを獲得した年だが、ベイル(USA)での表彰式では、クリスタルカップを胸に抱えたままアニタは人目をはばからず泣いた。
バハターは1998年1月、コルチナ・ダンペッツォ(ITA)で行なわれたスーパーGで右膝の十時靱帯を断裂する重傷を負って戦列を離れた。したがって彼女自身の4回目のオリンピックとなる長野オリンピックを断念せざるを得なくなった。一時は選手生活からのリタイアも考えたが、彼女の故郷、シュルンスのドクター・シェンクの手術が成功し再び競技の世界に戻ってきた。ワールドカップ女子最年長レーサーであるバハターは'99シーズン、センメリング(AUT)、マリボール(SLO)、オーレ(SWE)、シエラ・ネバダ(SPA)での大回転で優勝し、彼女自身のワールドカップ勝利数を18に延ばし、種目別大回転の総合で同僚のアレクサンドラ・マイスニッツァーに次ぐ2位の座を確保した。
2000シーズンのアニタはリエンツ(AUT)のGSで優勝し彼女のワールドカップ優勝記録を19にのばした。33歳は女子最年長だが、2001年のサン・アントン世界選手権までレースを続けると表明している。
身長164cm、体重50kgと小柄で華奢な体格だが、彼女は体に似合わぬ激しいアタックをする。そして凍った急斜面をもっとも得意とする。現オーストリア女子チームのヘッドコーチであるカール・フレスナーは「彼女は偉大なレーサーだ。そして真のプロフェッショナルだ。若いレーサーの良いお手本である」と言って賞賛する。女子総合チャンピオンのアレクサンドラ・マイスニッツァーは「最も尊敬する選手は」と聞かれて即座に「アニタ」と答えた。
2001年2月、世界選手権の行なわれていたサン・アントンで今期限りでの引退を表明した。'85年に17歳でワールドカップにデビューして以来、17年間の選手生活で優勝19回(SL-1、GS-13、SG-3、K-2)。ワールドカップ総合優勝1回('93)、種目別大回転優勝2回('90、'94)、'88カルガリーオリンピックのコンビで金メダル獲得。ほかに世界選手権では'91ザールバッハ-SGで銅、'93盛岡・雫石でGS-銀、コンビ-銅、'96シエラ・ネバダでコンビ-銀、'99ヴェイルでGS-銅、オリンピックでは'92アルベールビルでGSとコンビで銀メダルを獲得している。
1967年2月12日、フォア・アールベルグ州のシュルンス生まれ。34歳になる。現役最年長レーサーだった。164cm、50kgという華奢な体格でアグレッシブなアタックをすることでオーストリア国内のみならず世界中に多くのファンを得ていた。 |
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