ATOMICブーツフィッティングシステム「メモリーフィット」の効果を徹底検証
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「フィットするブーツ」の真価を探る
ブーツひとつで、動きやすさはこんなにも変わるのか――。そんな経験をしたことのあるスキーヤーは、決して少なくないだろう。いっそブーツ丸ごと“自分仕様”にできたなら、これに勝るものはない。そんなフィッティングの効果を徹底して突き詰めたのが、「メモリーフィット」。注目のニューモデル「TR」と「STR」で、その効果を徹底検証する。
人の足のかたちは、千差万別。スキーブーツ全体を、そっくりそのまま〝自分仕様〟にできたなら、その心地よさは、きっと格別なものに違いない──。
「メモリーフィット」は、そんな理想のフィッティングを叶えてくれる、アトミック独自の熱成型加工システム。当たりが出る〝部位〟のみに着目するのではなく、あくまでも〝全体〟をみて、シェルもインナーも丸ごと、その人の足のかたちに馴染ませていく。こうして、一人ひとり異なる足にジャストフィットするブーツへとカスタマイズする、というのが、メモリーフィットの最大の特徴だ。
北見工業大学冬季スポーツ科学研究推進センター
では実際に、このメモリーフィットがスキーヤーの滑りにどのような影響をもたらすのか? 今回は、改めてそのフィッティングの効果を可視化すべく、科学的な検証を試みた。訪れたのは、北見工業大学の冬季スポーツ科学研究推進センター。ここでは、スキーシミュレーター「スカイテック」を用いて、ターン中の内傾角度やターン周期など、スキーのパフォーマンスにつながる具体的な要素を実際に計測することができる。その最大の利点は、雪質などに左右されない均一な条件で、実証実験が行なえるということ。今回は、須川尚樹と片岡嵩弥、二人のトッププレーヤーに、メモリーフィットを行なう前と、行なった後、それぞれのブーツをテストしてもらう。
使用したのは、25/26シーズンのニューモデルブーツ、「REDSTER」シリーズの「TR」および「STR」。いずれも、アトミック70周年の節目に、総力を結集してフルモデルチェンジされた、注目のレーシングモデルだ。今回の実験では、フレックス130のブーツを用いて、フィッティング前後の計測データを比較。どう変化するのか、メモリーフィットの効果を、詳しく分析していく。
より少ないパワーで高いパフォーマンスを発揮
では何を基準に検証するのか? 佐藤満弘教授によれば、ブーツの良し悪しを判断するパラメーターになるのは、ターン中の「最大内傾角度」および「ターン周期」、さらにはスキーを傾ける速さをあらわす「内傾角速度」などの数値だという。「一般的に、内傾角度が大きく、ターン周期が短く、内傾角速度が速いほど、滑走速度が速くなると考えられます」
●テスト1 スカイテック
そう話す佐藤教授が今回の計測で最も注目したのが、須川尚樹の「STR」の計測データだ。大きく変化したのは、ターン中の最大内傾角度。フィッティングの前後で、右ターンは5.3度、左ターンでは5.7度と、大きく上昇している。そして平均角速度も、フィッティング後のほうが明らかに速く、「深い内傾角をより素早く取ることができている」ことが、数値で示されている。
一方で、ターン中に外脚が踏み込んだ力を示す「外脚の最大力」が、同様なターン動作(ターン周期がほぼ同じ)を行なっているにもかかわらず、大幅に小さくなっていることにも注目したい。「これは高いパフォーマンスを、より少ない力で発揮できている、ということ。ブーツが足にフィットしたことでパワーが伝わりやすくなり、より少ない力でも質の高いターンができるようになった、と言えるのではないでしょうか」(佐藤教授)
佐藤満弘教授
「メモリーフィット後のSTRは、感触が抜群に良かった」と話す須川自身も、この数値は少し意外だったようだ。「メモリーフィット後のほうが、自分ではむしろ圧を感じていたので、逆に外脚の最大力が小さくなっていたのは驚きでした。でも言われると確かに、フィッティング後は本当にシンプルに、来るものを受け止めている感覚。自分から頑張って踏んでいる感じは、まったくありませんでした」
片岡嵩弥はというと、メモリーフィット前後でスカイテックの計測データに大きな違いは出ていない。この結果について佐藤教授は、「フィッティングする前のブーツもあまり違和感なく履けていたようなので、パフォーマンス自体にはあまり差が出なかった」と推測する。しかしながら片岡本人は、感覚的にかなりの違いを感じたという。「フィッティングしたことで足裏全体の〝接地感〟が出て、地面をしっかりと踏めている感覚があった」──この違いがはっきりと表れたのが、今回の実験でもう一つ行なった、跳躍テストだ。
●テスト2 垂直飛び
これは、ブーツを履いた状態で垂直跳びを行なうもの。下肢によって発揮されたパワーを、跳躍高を用いて評価する。片岡はフィッティング前後で約2cm、跳躍距離が伸びており、須川も同様の結果に。「2人に共通するのは、フィッティングによってカカトのおさまりが良くなったこと。足裏がブーツに接地したことで足首や下肢が動きやすくなり、パワー発揮につながったのではないか」と話すのは、垂直跳びの計測を行なった中里浩介准教授。その違いは、メモリーフィット前後のブーツ形状の変化を見れば、一目瞭然だ。
一般的に、ブーツの当たりが出やすいのは、舟状骨付近やくるぶし周り。須川、片岡の両者とも、この2カ所は大きく広がっている。一方で、足首周りはほぼ変化がなく、片岡に至っては、わずかに縮まるという結果に。これは何を意味するのか? 「フィッティングによって当たりがなくなることで、パフォーマンスを発揮する上で重要なカカトや足首周りが、きれいにおさまっている。その結果、動きやすく、力を発揮しやすいブーツに仕上がっている、ということが、メモリーフィットの効果として言えるのではないでしょうか」と中里准教授は話す。
中里浩介准教授
切りかえがスムーズに。違いは「滑らかさ」
なお、今回は両スキーヤーに、TRとSTR、それぞれの旧モデルも履き比べてもらっている。TRおよびSTRが新しくなった一番のポイントは、シェルのプラスチック素材が変更されたこと。気温の変化に対してシェル硬度の変化が少ない新素材「フォーミュラ・プラスチック」が採用され、環境を問わず安定した性能を発揮できるブーツへと生まれ変わっている。
この「素材の違いを明らかに感じた」と話すのは、須川尚樹だ。「僕はブーツの“捻じれ”がすごく大事だと思っていて、硬くて捻じれのないブーツはどうしても上に抜けやすかったりします。でも今回のTRとSTRはシェルに粘り感があって、トルクが簡単にかけられる印象。切りかえがとても滑らかでスムーズなのは、この素材の効果が大きいと感じています」
このようなシェルのしなやかさに加え、インナーブーツも変わり、以前よりも低反発な素材が使われている。このことで、「ブーツ全体のラッピングがとてもきれいになった」と話すのは、片岡嵩弥だ。「ブーツが足をしっかりホールドしてくれることも確かに大事ではあるのですが、ホールドされすぎると逆に足が動かず、バネが使えない。新しいブーツはこの〝ホールド具合〟が絶妙で、ブーツのなかで足首の稼働がしっかり出せる。それが今回の跳躍テストの結果につながったと思います」
特にTRは、アルペンでバーンが荒れた2本目でもタイムを落とさない、ということが開発のコンセプトとなっている。「その特徴は、技術選にも非常にマッチしている」と須川は話す。
「技術選は必ずしも瞬発的なエッジングばかりが求められるわけではありません。いろいろな状況に合わせる必要があって、この滑らかさはとてもメリットがある。大会に限らず、検定や普段のゲレンデスキーでも、このブーツなら安定したパフォーマンスを発揮できるのではないでしょうか」
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