百瀬純平のネクストステージ
インタビュー

長きにわたって技術選を盛り上げてきた百瀬純平。昨春、引退を表明した彼は言う。「自分のスキー人生は、まだ第一章が終わったばかり。これからにこそ期待してほしい」と。百瀬が切り開くネクストステージとは?
身を引くときは必ず地元北海道でと思っていた
──長い間、お疲れ様でした。まず昨春の技術選で引退を決めた経緯について教えてください。
百瀬 実を言うと3年前の八方大会の時点で、そろそろ身を引こうかなとは思っていたんです。ただ、どうせ引退するなら自分の地元である北海道大会のときにやめたいと。それで、もし今年引退しなければ、また北海道開催のタイミングが先になってしまいます。そんなわけでこの大会で最後という決心をしました。とにかく選手生活を締めくくるときは地元で、そして自分を育ててくれた多くの人に感謝をしながらという思いが強かったんです。また、ここ数年は、若い選手の台頭もあって、技術的な流れにも大きな変化がありましたよね。その目まぐるしい変わりようのなかで、徐々に自分が食らいついていけないときがくるなという実感もありました。だから、これからは、若い選手たちを盛り上げる立場に立って、スキーと向かい合いたいと考えました。
──確かに、最近の技術選で見られる滑りは、アルペン競技的なエッセンスも強まって、以前とは違った意味でハイレベルになっていますよね。
百瀬 もともと技術選は、インストラクターの頂点を決める大会だったわけですが、近年はその枠から離れ、ひたすら滑走レベルの高さを競うイベントになっています。そうなると、いくら経験値があるインストラクターでも、そう簡単には戦えないというのが本当のところです。それはそれで大会として良いことではありますが、一方で技術選の裾野を広げるという意味で、逆方向の力学が働いてしまう可能性もないわけではありません。今後、技術選がよりよい発展をしていくためにも、何らかの形で意見を発信していきたいと思っています。

引退セレモニーでは盛大な胴上げシーンも
後輩たちの成長と校長としての自分の責務

愛弟子とも呼べる冨田哲とともに
──ところでデモ選では、百瀬さんの弟子とも言える川尻幸之介選手と冨田哲選手が、ともにナショナルデモンストレーターに選出されましたね。
百瀬 はい。これはとてもうれしかったです! 何しろ自分が引退するタイミングで、二人がナショナルデモ初認定を受けるなんて、ちょっとできすぎた話ですし(笑)。でも裏では二人にはプレッシャーをかけていたんです。「俺が引退したら、キロロからナショナルデモがいなくなるんだからな」って。
──お二人には、かなり技術を伝えたのでしょうね。
百瀬 もちろんです。低速から高速までありとあらゆることをたたき込んだというか。特に冨田に関しては、彼が高校生のときから知っていて、当時から「将来はデモになりたい」って公言していたこともあり、インストラクターとしてのAからZまでを教え込んだつもりです。川尻は比較的器用なタイプなんですが、冨田はどちらかというと不器用だったので、とにかく自分のまねをさせましたね。ひたすら俺の後ろを滑れって。
──二人ともキロロで実際にレッスンをしているインストラクターとあって、デモ選の滑りも見事でしたよね。
百瀬 そうですね。彼らは日頃から仕事としてのインストラクターの滑りがベースにあって、その上で技術選のためのテクニックを磨いているので、レッスンのうまさももっていますし、ナショナルデモンストレーターとして必ず活躍してくれると信じています。2年後にはインタースキーがアメリカで開かれますが、その代表権争いにもきっと絡んでくるでしょうね。本当に楽しみです。
──百瀬さんは現在キロロスノーアカデミーの校長として活動しているわけですが、その活動について教えてください。
百瀬 早いもので自分が校長になって、もう9年がたちました。その間、いろいろなことがありましたが、常に思っていたのは、「技術選選手としての百瀬純平」よリも「ナショナルデモンストレーターとして百瀬純平」を重視してきたという点です。やはり自分は選手である前に、ひとりの指導者だという感覚が強かったのだと思います。だからこそ、自分も多くのレッスンを受け持ちますし、スタッフ研修にも絶対に手を抜くことはありません。
──ナショナルデモンストレーターとしては、通算で何期を務められたのですか?
百瀬 7期15年ですね。
──そのなかで、ご自分のハイライトは何でしたか?
百瀬 やはりインタースキーですね。技術選デビュー当時はまさか自分があの場に立てるなんて考えていませんでしたし、インストラクターとしてやっている以上、最高の舞台であることは間違いありませんから。実際に世界各国のトップデモたちと触れ合いながら、彼らの滑りを見ることができ、感動とともに自分の技術にも大きな影響がありました。
──具体的には?
百瀬 例えばスイスチームのデモたちは、競技スキーをやらせても速いし、ジャンプやトリックなどフリースタイル的なこともできる。それこそスキーだけでなく、スノーボードやテレマークまで三刀流の人も少なくありません。そういったオールラウンドさは、まさに自分がスキーヤーの理想として描いていたわけですし、それを目の当たりにした衝撃はかなりのものでした。

キロロスノーアカデミー校長として9年目。後進の指導に力が入る
ネクストステージはスキー界の発展を目指す

地元キロロで春のコーンスノーを楽しむ
──さて、これからの日本のスキー界に対して思うこと、また願うことを教えてください。
百瀬 まず技術選ですが、先にお話ししたように、現在の大会は一般スキーヤーからは技術的にかなりかけ離れた次元になっています。もちろんそれは素晴らしいことではありますが、一般のファンからすれば、あまりにもレベルが高すぎるがゆえに、参考になりにくいといったことになりかねません。技術選が基礎スキーの頂点を競う大会でありつつも、同時に一般スキーヤーも目指せる姿になるように、何らかのアイデアを考えていきたいと思っています。また、現在はスキーは多少お金がかかるスポーツという認識になっていますが、ここも改革していきたい。これは自分ひとりでどうこうできる問題ではないのですが、やはりスキーは誰もが手軽に取り組めるスポーツでなくてはダメだと思うんです。まずは誰もがスキーヤーとしてスタートできるように。それがあってこその「スノースポーツの楽しさ」だと思うので。
──近年はインバウンド需要の高まりも加速していますが、キロロはその最前線のひとつですよね。
百瀬 インバウンドについては、やや複雑な問題もありますが、表面的にはもっと盛り上げていきたい。ただ、そのために日本人がスキー場に行きにくくなってしまっては本末転倒なので、そこは各方面と一緒にさまざまな調整が必要になるでしょう。それと、裾野を広げるといった意味では、「北海道フリースキーネットワーク」という実行委員会を児玉毅さんと立ち上げたことがあります。アルペン、基礎に続く次の柱としてフリースキーにも若いスキーヤーがどんどん触れ合っていってほしいという願いからです。これは大きな可能性を秘めています。ビッグマウンテンに挑戦できる若手のフリースキーヤーを育てていくことで、日本のスキーをより広く発信できますし、子供たちにとっては自分たちが目指すスキースタイルの選択肢が増えることになります。そういった取り組みに関わることで、これまで自分を育ててくれた多くの方々への恩返しになるのではないかと思っています。
百瀬純平
ももせじゅんぺい●1978年6月12日生まれ。北海道札幌市出身。子供の頃からアルペンスキーに打ち込み、ジュニアオリンピック優勝など多くの戦績を残す。その後、技術選にデビューし、長年トッププレーヤーとして活躍した。昨年の第62回技術選をもって引退を表明。元ナショナルデモンストレーター、インタースキーブルガリア大会日本代表。現在はキロロスノーアカデミー校長を務める